これからもありえないほどのスケールで【限定公開】

 



初めに神は天と地を創造された。地は混沌として、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」すると光があった。神は光を見て良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。
創世記1:1-5

主はアブラムに言われた。「あなたは生まれた地と親族、父の家を離れ/私が示す地に行きなさい。私はあなたを大いなる国民とし、祝福し/あなたの名を大いなるものとする。/あなたは祝福の基となる。あなたを祝福する人を私は祝福し/あなたを呪う人を私は呪う。/地上のすべての氏族は/あなたによって祝福される。」
創世記12:1-3



ものすごくお久しぶりのブログです。
この九月で丸二年勤めた町田中央教会(以下MCC)での働きを終えました
最後の一日は創世記1:1-5から最後のメッセージ、感謝会を開いていただいて、お片付けのあとはひたすら青年たちとボードゲームして、沢山喋って笑い合って泣き合って終わりました。
終わった実感はまったくなく、来週も変わらずみんなに会えるんだろうな、と思っています。

(感謝会のごはん。マクルーバ?)


MCCとの出会いは神学生時代でした。一年間実習させていただいたのですが、半年くらい過ぎた頃に「みんなとお別れしたくない」とめそめそし始めたのを覚えています。当時小学生だった子どもたちが成長するのを見られない、洗礼式にも出られないなんて、今は一緒に遊んでくれているあの子たちも成長したらこういう関係性じゃなくなっちゃうんだ、とめそめそ言っていました。
それから時が流れ。「〇月〇日にK(当時小学生だった子)が洗礼を受けます」と、私のめそめそに付き合ってくれていたKのお母さんから連絡がきて、お祝いに行ったのが今回MCCに戻って来るきっかけになりました。

終わった感覚がないのですが、それでもこの宝物のような2年間を振り返っておきたいと思います。

「こういう関係性じゃなくなっちゃう」と思っていた当時小中学生だった子たち、確かに当時とは関係性は変わりましたが、もう少し深いところまで分かち合えたり時間を気にせず遊んだり喋ったりできたことはとても幸せなことでした。深い話はできなくても、毎週教会の皆さんと顔を合わせる中で言葉を交わし合えるということで沢山元気をもらいました。講壇からみことばを語る時、目が合ったりうなずいていただいたり、そういう小さなコミュニケーションも大好きでした。
たったの2年だったけれど一緒に生きられた時間は私の宝物です。

(中高キャンプ)


コロナを経てスタッフとして何をしていいかわからなくなり行き詰った中高科スタッフとは「どん底ミーティング」なるものをしていました。現状を嘆き、神さまの前にお手上げであることを認め、その中で一緒に進んで行く方法を探っていくというミーティングでした。私は現状を「ともに」嘆くことが好きなんだなと思いました。
「ともに」みことばを味わうこと、「ともに」課題を見つめること、「ともに」歩んでいくこと…そういう「ともに」のひとつひとつができたことも幸せなことでした。青年&ユースの学び会は私の好きなアクティブ・ラーニングの形式でやらせてもらいました。KJ法もどき、未来編集会議、哲学対話…いろんな手法で、(私が一方的に教えるのではなく)「ともに」みことばを味わうことができました。「ともに」の一番良いところは、誰かが偉かったり誰かに発言力があるわけではないということだと思います。それぞれが別の人生を歩んできたそれぞれの人生のプロフェッショナルであり、互いに学び合うことができる。それを体現できるアクティブ・ラーニングが私はとても好きです。
学び会は「バシレイア(ギリシャ語で「御国」)」という大層大袈裟な名前でした。最初は口にするのが恥ずかしかった名称も、だんだんと、しみじみいい名前だなぁと思うようになってきました。私たちの交わりが神の御国であるように、そう願いつつ、「ともに」交わりを作り上げて行くのって素敵なことだなと思います。

(バシレイアの初回)


礼拝説教も、講壇から一方的に語るのではなく皆さんの人生と「ともに」いるような立ち位置で語ることができたらと願っていました。それができたのかどうかは私ではなく聴いてくださった方が判断することですが。
「ともに」生きることができたのは教会員だけではありませんでした。地域の子どもたち、そしてその保護者の方たちとも「ともに」生きて人生のいろいろな課題を分かち合えたことも感謝な事でした。こちらが一方的な援助者になるのではなく、お母さんたちに助けられ、悩みを聞いてもらい、励ましてもらうことも沢山ありました。子どもたちから受けたものも沢山あります。(私のスマホケースには地域の子のくれたピーターラビットのシールが貼ってあります)

そして、私は弱音を吐くのが苦手なんだなと思い知らされた2年間でもありました。最後の半年間、神学生時代と同じように、MCCを去ることが苦しくて苦しくて仕方なかったのに、そして、あの頃はまだめそめそ泣くことができていたのに、今回は強がりながら半年間を過ごしました。
どうしようもなく耐えきれなくなって泣かせてもらったことはあったけれど、どうしても弱さを分かち合えなかったことに気づかされたのは最後のメッセージを用意しているときでした。創世記の著者は物語を「混沌」から始めました。闇と深淵という神さまのいのちに反する力から始めました。混沌を見つめ、混沌を認め、混沌の中で神さまのいのちの声を聴いていく、それを共同体の中でしていく。そういう信仰、そういう生き方ができたら、というのが私の今後の課題です。
そして、混沌の中で神さまの御手を感じ、未来を描いていった神の民のように、私の上にも神さまの御手がある。メッセージの準備の中でそう思わされました。

(最後のメッセージ)


そして、弱さを出せずにいたとはいえ、私が半年間笑顔で過ごせていたのは、まわりのひとたちの愛と気遣いのおかげだとも思っています。「このことには触れないでほしい」と総会でお願いし、その約束を守ってこの話題には触れず、いつも通り関わってくれた人たちが沢山いました。
我慢を強いてしまったこと、そしてその中で苦しめたり傷つけたりしてしまったであろうことは、本当に申し訳なかったと思っています。
それでも、みんなは私のためにいつも通りの幸せな毎日をプレゼントしてくれたんだなと思っています。

MCCでの働きは終わったけれど、「ありえないほどのスケールで祝福を広げる」歩みはまだまだ途上です。
最後の日、ユースと青年たちが「次の教会の人たちに見せるための動画」を撮ってくれました。「由佳ちゃんとお別れするのは寂しいけれど、由佳ちゃんのことをもっと沢山の人に知ってほしい」そう言って送り出してくれた子がいました。私は愛されるためではなく愛するために召されたのだと思っているのだけれど、やっぱり愛されて愛されて愛され過ぎて、とても2年間ではお返ししきれませんでした。
大切なひとりひとりの思いを背負って、これからもありえなほどのスケールで祝福を広げていきたいと思います。

(最後にあほみたいにずっとやっていた「たった今考えたプロポーズの言葉を君にささぐよ」)



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